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投稿日時: 2007-11-12 18:50:37 記事カテゴリー │ニュース・障がい者向け情報誌発行 越智和子さん
| 西 | 株式会社未来共創の起業のキッカケを教えて頂けますか? |
|---|---|
| 越智社長 | キッカケは、大きく3つありますね。1つ目は、神戸の震災。その時、命について考えました。仕事をしながらも、ずっと「私はこれでいいのか?」と問いかけるようになりました。 2つ目は、部下が交通事故で亡くなったことです。私よりもずっと若い、25歳の女性でした。 私が彼女より早く残業を上がって、「お疲れ様」と言い残して帰ったんですが、その日の深夜に部下の1人から電話がありました。彼女の電話がどうしてもつながらないという内容だったんですが、私も半分笑いながら「あまり騒いじゃダメよ」と言って切りましたが、次に連絡があったのは、病院から。即死と同じような状態の意識不明で彼女は3日後に亡くなりました。 彼女も私もお酒が好きで、よく最終電車まで飲んだりしていたので、本当に辛くて。この経験も、「生きる」ということを深く考えるキッカケとなりました。 そして3つ目は、私自身がガンになったことです。こういう忙しい仕事をしている身ですから、まず医者に相談して、家のことや、仕事の段取りをつけてから、会社に報告しましたね。とにかく周りに迷惑をかけないようにと、それから1ヶ月頑張りました。そして、1ヶ月の予定で入院、幸い2週間ほどで退院できましたが。友達には「大変だったでしょ?」と聞かれましたが、落ち込む暇もなかったんですよ。 でも入院した途端、暇で暇で(笑)。 ここぞとばかりに持ち込んだトランク一杯の本を読みあさったんですが、それもアッと言う間。またそこで「自分は、このままでいいのか?これで死んでも悔いはないか?」と考え、「やはり自分の力で、何かをやりたい」という気持ちに気付いたんです。 しばらくして退職に至るんですが、今までたずさわっていた情報紙の「ASぽけっと」と某商店街発行の情報紙のお仕事は、そのまま頂くことになりました。最初は、独立後、何の保障もない状況に人を巻き込みたくなかったし、しがらみから自由になりたい気持ちも正直あったんですよ。だからお仕事を頂くことは迷いがあったんですが、取引先への恩義など、いろいろと考えた末に頂くことにしました。でもそのためには、事務所も必要、パソコンやFAXもいる、従業員も雇わなくてはとなって、小さいながらに組織になりました。1年2ヶ月後に法人化、社名は「未来は一人で創れるものではない」という周りへの感謝の気持ちをこめてます。 |